E'b vol.188

vol.188  飲食は美しく、腹七分に


早起きをしてアルバイトを終えた中学生の私は、母が準備してくれた炊き立てのご飯 を大盛り2〜3杯、焼きたての塩サバと共にモリモリ平らげる新聞配達少年でした。 また、修行先に就職した二十歳の頃、お昼を先輩スタイリストからご馳走になった際 に「いい食べっぷりやの、好きなだけ食えよ」という言葉を真に受けて、ちゃんぽん と焼き飯を食べた後に「ラーメンも食べていいですか」と先輩に伺って注文してしま うほど、遠慮を知らない新入社員でした。そうして恵まれた環境のおかげで、食べる ことに困らずに成長した私は、背はそれほど伸びませんでしたが、健康な身体で五十 代を過ごしています。しかし現在は当時のようには食べれませんので、会食の際にた くさんの料理が運ばれて、食べきれずに困ることも多くなりました。 




 腹八分、という表現がある。これは正しいが、人間の一生を通じての数値ではなかろ うと感じてきた。私の直感では、三十代の人間が腹八分である。十代は腹十分。腹い っぱい食べればいい。二十代ですでに免疫の中核である胸腺は成長を止める。すなわ ち二十代とは腹九分の年齢だ。三十代を腹八分とすれば、四十代にさしかかった人間 は腹七分がいい線だろう。五十代では腹六分。六十代になれば腹五分で十分ではない か。以降、腹四分が七十代、腹三分が八十代と変化していく。九十代は腹一分でいい と言えば怒る人も出てくるかもしれない。     (『大河の一滴』五木寛之)より




 私は四十代に入ってから「飲食は美しく、腹七分に」を心がけるようになりました。 朝食はピンポン玉ほどのおにぎりと手のひらサイズのサラダ、昼食は400円の仕出 し弁当ひとつを妻と二人でシェア。夕食は炭水化物抜きの食事で350mlのビールを 一本だけ味わう毎日です。人間は食欲にはなかなか勝てないもので、「腹七分にして おこう」と思っていても、ついつい八分九分となってしまいます。52歳の私は「腹 半分」の意識を忘れずに、ブレーキをかける習慣を継続してまいります。 

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