vol.82 ある日の喜び





vol.82  ある日の喜び


ある日の朝、そっとカットクロスのマジックテープを剥がした時、私は自分の心が満たされ

ていることを、じんわりと味わいながら、何ともいえない喜びを感じていました。今年中学

生になるコウセイ君を2〜3ヶ月に一度、カットするようになったのは、開業したての7年

前、長男と同じ特別支援学校に入学するすこし前からでした。クマのおもちゃにスプレイヤ

ーの水をかけるのが大好きで、営業前の時間帯に来て頂き、毎回辺りをビショビショにして

遊びながら、カットをしていましたが、成長はやはり螺旋階段を登るのに似ているものです。

なんとか切るという事を、ずっと繰り返しているように思っていましたが、7年の間に年々

すこしずつ彼の心に安心が増してきたようで、今回は自ら”髪を切る”という意志を持って

breathにやって来ると、クマのおもちゃとスプレイヤーを手にする事なく、鏡をじっと見

ながら、最後までじっくりと、落ち着いてカットする事が出来ました。同じところをぐるぐ

ると廻っているだけのようでも、”いつの間にか、思った以上に高くまで登ってきたものだな

あ”そのように感じた朝でした。そして昼から母がパーマをかけに来ました。そのとき私の

担当は何時になく母一人でした。母の髪を洗って椅子を起こし、シャンプーブースから店内

を見渡したその時、再び私の心に朝と同じような喜びが、じわじわ湧いてきました。年末の

日曜日らしい、セット面8面の賑やかな店内では、いつものように8名のスタッフで、8名

のお客様を担当しています。そして目の前では、オープニングスタッフの副店長が、お父さ

んを笑顔でカットしていますが、お父さんの笑顔もまた案の定、愛娘に負けていない様子で

す。年末の繁忙期の美容室においては、ついつい美容師は、慌ててイライラしたり、疲れ果

ててクタクタになったりしがちですが、冬のよく晴れた青い空から、たくさん注がれる自然

光に包まれた、スタッフやお客様の穏やかな呼吸は、店内に陽だまりのような、やわらかな

雰囲気を紡いでいました。そして、そんな静かな喜びを味わった日の夜もまた、私はいつも

のように、眠りにつく前に”きょう一日、無事に過ごすことができました。無事に過ごせた

日が最良の日です。よいことを望むのは欲深いことです。ありがとうございました”と一日

の無事に感謝しました。そうするとまた、その日に感じた喜びが、じんわりと心に湧いてく

るのです。今年もよろしくお願いします。

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